Meet The Executive

メニュー
第三回 尾井 善雄氏との対談

対談第三回 尾井 善雄氏 

尾井氏対談1P目

第三回 尾井 善雄氏との対談 尾井 善雄 氏 株式会社コムネット 代表取締役社長

株式会社ニッセン取締役執行役員カスタマーサービス本部長、フルフィルメント本部長などを経て、
株式会社通販物流サービス代表取締役会長、株式会社ニッセンGEクレジットサービス取締役を兼任。

現在は、株式会社コムネット代表取締役社長としてコンサルティング事業を中心に展開、またソフトコム株式会社の顧問も務める。

得意とする事業領域は、通信教育事業・ハウスカード・健康食品通販事業、ダイレクトマーケティング・コールセンター・eコンタクトセンターや物流関連にも造詣が深い。


「今と昔、優秀な人材の育成方」


山本:えっと、尾井さん。なんか愛称とかあるんですか。
尾井:愛称はありませんね。小学校、中学校の時にどんな愛称で呼ばれてたか、もう記憶がないです。「オイッコ」っていうのはあったような気がするんですけど。
山本:アハハ。めっちゃ面白い。ええ、なるほど。今61歳?
尾井:61歳です。
山本:どういう感じの高校生時代やったんですか。
尾井:僕は硬派でしたよ。中学、高校と柔道やってましたから。
山本:柔道やってる人って、どっちかっていったらラグビーやってる人よりスマートですよね。体つきが。
尾井:あのね、軽量級で当時は個人戦というか、体重別ですから、減量するんですよ。
山本:柔道が?
尾井:はい。われわれの時代は、軽量級、中量級、重量級ですから。60キロ以下っていうのが軽量級で、65キロやったんですよ。5キロ痩せました。そうすると自分の身長と、あのー、いわゆる軽量級の選手の差が5センチぐらいあるんですね、大体平均。
山本:めっちゃ得じゃないですか。
尾井:だから、こういうふうにつかめるから。
山本:アハハ。あ、上からね。ガッと。
尾井:だから減量して試合に出てましたね。だから今もあんまり体重変わらないんですよ。今、67キロぐらいですから。
山本:当時はその、上からいけるから、強かったんですか。
尾井:強いというか、振り回せるでしょ?
山本:あ、なるほどね。
尾井:こう振り回せるでしょ。今、世界でやられてる柔道と、われわれがやってた柔道と、もう全然本質的に違いますからね。
山本:ああ。なるほど。
尾井:山下と同い年なんですよ。山下泰裕と。で、彼なんかはもう日本全国で、すごく中学の時から有名でしたけど。われわれは、まあゆうたら、なんていうんですかね。あのー、引き分け狙いの柔道?
山本:(笑)どういうこと。どういうことですか。
尾井:要するに、個人戦より団体戦が主流やったんですよ。高校対抗とかね。中学対抗とか。で、5人ずつが出て、役割が決められるんですね。君は引き分け、君は勝つ。
山本:へー、チーム戦。
尾井:君は負けてもいい、っていうように。
山本:組織ですね。負けてもいい、おもろいな。
尾井:うん。だから、そういう戦いの中で僕は結構、体格的に細いけど有利なあれやったから。投げられても一回転くるんとするんですよ。背中から落ちないんですよね。前から落かるから、1本にならないでしょ。ということで、怪我だらけでした。
山本:アハハ。尾井さんはあれですか、ポイント取ってこい系ですか。
尾井:うん、だから引き分け系です。
山本:引き分け系ってなんなん。めっちゃ面白い。フフフ。「引き分けてこい」って言われるんですか。
尾井:うん。それで県でベスト3に入りましたし。
山本:へー。チームとしてですよね。
尾井:チームとして。個人では市で3位ぐらいが最高ですね。
山本:ほー。結構仕事できる人ってスポーツしてた人、結構多いなってイメージなんですけど。僕、なんもしてないんですけど。その辺どう思います?
尾井:あのねー、今いろんな問題出てますやんか、パワーバランスの問題。スポーツ界のね。あれをわれわれがやってた時代と比べると、言われてる通りの時代やったんですよ。だから結果的には、いわゆる精神的な根性論とか、そういうものが鍛えられるのがベースなんで、技術というよりも精神的な我慢をするとかね。暑い夏場のアスファルトの上を裸足で走らされるとかね。それを辛抱しろとかね。今考えるとむちゃくちゃな話ですけど。だから結果的に社会人になってプラスになったのは、我慢するってこと。そういうとこだと思うんですけど。
山本:我慢重要っすよね。
尾井:重要です。
山本:じゃあ、スポーツやってて、仕事で良かった。体力は?
尾井:体力はありましたね。めちゃくちゃありましたね。だから、リゲインのCM当時ありましたけど。24時間働けるっていう。あの時代でやってましたから。だから体力は自信ありましたね。
山本:僕も体力はめっちゃうらやましいと思いますね。体力と、やっぱり我慢するってこと。ちなみに今の人って、あんま我慢できないとか言うじゃないですか。そういう人が入ってきたらどうするんですか。
尾井:えっとね、やっぱり1番やっぱり私自身が意識しなきゃならないのは、今の世の中に合った人材を育成するとか、マネージメントするとかいうことをやらないと、世の中に許してもらえないと。
山本:ああ、世の中に許してもらえないって言い方になるんですか。
尾井:うん、結果的には全然違いますもん。われわれは完全に放任主義でしたし。だから教育っていうのも研修受けさせてもらえるんですけど、このレベルに到達しないと受けられないとかね。ここは自費やとかね、ありましたよ、本当に。
山本:へー。そっちの方が人育ちましたけどね。
尾井:だから、結果的にはふるいにかけられてたんでしょうね。
山本:ああ、そうですよね。だって、「自費や」って言われたらもうすでにふるいですよね。その時の研修で思い出に残ったのってあります?
尾井:1番は宇治の、京都の宇治の寺の研修でね。あれはきつかった。3日間。
山本:寺?
尾井:朝の座禅から、もうほとんど精神的なもの……。
山本:朝何時ですか。
尾井:朝5時ぐらいに……。
山本:へー。たたき起こされるんですか。
尾井:いやいや、自分で起きてましたよ。
山本:あ、そうなんですか。
尾井:で、座禅組んで、台掃除したり。で、大体精進料理みたいな、体ものすごい欲してるのに、あんな栄養の無いもんばっかり食わされて。
山本:ご飯と漬物?
尾井:そうそう。3日間ね。あれが1番つらかったですね。
山本:ニッセンの時ですか。
尾井:ニッセンの時。
山本:じゃあニッセンで、その寺の修行があったわけですか。
尾井:うん、幹部候補にはそういうあれがあったんですよ。で、阿闍梨さんってご存じですか。
山本:あ、分かる。
尾井:比叡山の。千日回峰やられる、荒行やられる人が、そこの住職で。そりゃすごいんですよ。
山本:どうすごいん?
尾井:もう、いわゆる仙人みたいな人なんですよね。だからもう、要するに、自分らと、俗世界の人間と全然レベルの違う人やから、ある意味、もう接してても、すごい違和感感じるんですよね。
山本:へー、違和感って、良い違和感ですか。
尾井:良い違和感です。要するに、言葉もかけにくいとか。質問もしにくいとか。そういう、なんというんですかね。ほんとにちょっと、変な言い方ですけど、仙人みたいな感じですね。まあ、仙人に出会ったことないですから、知らないですけど。今で言うカリスマ性とか、そういう言葉に変わるんかもしれませんけど。すごい雰囲気持ってますし。
山本:研修で、そういう寺のトップと一緒に過ごすんですか。
尾井:いや、来られるんですよ。
山本:僕らがこうやってたら、どうや、みたいな。
尾井:だから、他のお坊さんと全然雰囲気が違うんですよ。
山本:へー。見てみたいな。
尾井:だからお坊さんっていうのは、こういうイメージだと思ってる、まあ自分とこのお墓を拝みに来てくれるお坊さんをイメージしてますし。ましてや、うちは門徒でね、浄土真宗で。髪の毛伸ばしてもええような、本当に楽なお坊さんが多いんで。全然そのレベルが違うんで。
山本:ああ、これが本物やと?
尾井:これが本物やと。
山本:アハハ。へー。
尾井:福井の永平寺とか、非情に厳しいお寺ありますやん。
山本:厳しいっていうのは……。
尾井:禅宗の。
山本:何が厳しいんです? 僕分かんないんですけど。
尾井:あれは、だから、要するに修行が厳しいんですよね。
山本:滝に打たれるとか、ほんとそういう系ですか。
尾井:というよりも、逃げ出すお坊さんが多いって聞いてますから。修行が厳しいんでしょうね。
山本:なるほどね。
尾井:お坊さんの研修、お坊さんが修行してるところは見たことないですよ、もちろん。
山本:でも厳しいところを勝ち抜くっていうのは、やっぱりいい人材になるっていうか、それ以外無いような気がしますけどね、僕は。
尾井:うん。だから、そのフィールドが普通でしたから。今はどっちというと、どうなんですかね。そういうフィールドなんですかね。うちの息子もちょっと、銀行行ってるんですけど、それぞれの持ってるポテンシャルをいかに引き上げるかっていうような教育をするでしょ。だから、段階的にこの人間には、将来役員にしたいとか、もう目付けてるんですよね。
山本:最初っからですか。
尾井:最初から。上層部が。だから、昔で言うエリートコース、出世コースみたいな。
山本:それって言うんですか、本人に。
尾井:いや、言ってないと思います。だけど、ちょっと私がある銀行の方から聞いたところは、そういうような教育のやり方をしてると。だから、誰もに同じような、平等な教育をするんじゃなくて、その人に合った教育やというんですけど。その人に合った教育ということは、その人のレベルに合った教育をするわけですから。それが最終的に会社にプラスになるような人材育成になる、ということは聞いたことがありますね。
山本:なるほどね。ふーん。それってどこで見分けるんですかね。
尾井:まあ、私が役員で当時見てた時は、研修をさすんですよ。これは平等な単位で。要するに、自分らで会社に対して何か提案さす。チャレンジ塾みたいな名前を付けてたんですけどね。
山本:へー、おもしろ。メモっとこ、はい。
尾井:そこで、いわゆるチームを作らして研修してプレゼンするんですよ。ほんで、そのプレゼンの内容が良かったら、実際にそれを……。
山本:やってみるんですよね。
尾井:で、その時にリーダーにしてやるんですよ。その提案したものを、っていうようなやり方をやってましたね。
山本:ふーん。分かりやすいですよね、かなり。
尾井:うん。だから結構楽しいみたいですよ。やってる本人はやりがい感じて。テーマは、自分とこのビジネスの範囲を超えてもいいと。極端なこと言うと、投資もこれだけすると。
山本:やってみろ、やってみいと。
尾井:うん、それはただ役員がオーケー出さないと駄目ですけどね。お金出せないですけどね。社長をはじめとして、そういうプレゼンの場を設けるというのを年2回やってましたね。
山本:なんか僕もそういうのやってみたいんですけど、会社が忙しいから、そんなんやってる暇あるかっていう感じになっちゃいますね、どうしても。ちなみにちょっと話戻るんですけど、3日間のお寺の中で1番厳しかったんなんですか。
尾井:座禅ですよ。
山本:座禅? 座禅ってそんなしんどいんですか。
尾井:僕ね、だから中学、高校の時、柔道やってたから、結果的に自分としては座禅経験してるんですよ。
山本:まあ、そうですよね。
尾井:お寺じゃなくて。当時、東レって会社が近所にあって、そこの柔道部がものすごい強かったんですけど。夏場にね。夏休みにそこに、指導してもらうために行くんですよ。
山本:高校生の時ですか。
尾井:高校生の時です。その時に、必ず座禅組まされるんですよ。寺の座禅とは違うんですけど。だから経験してるのに、寺の座禅と東レでの座禅では打たれ方が違うんですね。もうピクリとも動けないですよ。
山本:アハハ。どういうこと。よくある、よくテレビとかであるやつですか。
尾井:はい。こうやってパーンってたたくっていうのは自分の体がピッと動く時ですよ。いわゆる柔道のやってる指導の中で、寺じゃないところでやってた座禅と、比較できるんですよ。さっき言ってた3日間の研修の座禅と。その3日間の座禅は、ほんまピクッとも、ほんま自分でも動いてないのに、バシーンと打たれた……。
山本:アハハ。それ意味あるんですか、やっぱり。
尾井:いやー、結果的には自分が動いてないということを客観的に見たときに、人から見たときに、それ動いてるじゃんってそういうことなんでしょうね。まあ要するに、そこまで集中して、ほんとにビタッと動いたらあかんというようなレベルのことを要求されたんじゃないかなと思いますけどね。
山本:なるほど。どっちかというと、納得いかないですよね。
尾井:納得いかないというよりも、まずその研修を受けさせてもらったというそのものは、結果的にそのレベルに到達しないと受けられなかったですから。それは喜びでしたよね。
山本:なるほどね。座禅の時って何考えるんですか。
尾井:何も考えないです。
山本:ああ、そうなんですか。
尾井:うん、おなか減ったなぐらいですよ。
山本:アハハ。逆になんかいろいろ考えないんですか。
尾井:考えないですよ。
山本:ああ、そうですか。そっちの方がいい?
尾井:いいっていうか、まあ「考えるな」と言われるんですけど、考えんようになるんですよ。考えんようにならんと、体が動いちゃうんですよ。考えてしまうと。
山本:ふーん。じゃあ気がついたら1時間経ってるみたいな。
尾井:そうですね。
山本:今でもやられてます?
尾井:やってないです。

「念願の自由を手に入れて感じたこと」

第三回 尾井 善雄氏との対談
山本:それで柔道やられてて大学はどこに入られたんですか。
尾井:大学は京都学園大学というね。経済学部なんですけど、その時は何もしてないです、スポーツは。まあ、誘われましたけど。柔道って、中学、高校、大学でレベルが全然違うし、高校と大学なんて、こんな違うんですね。だから殺されるんちゃうかぐらいのレベルですから。もうちょっと、それは無理だなと思ってやらなかったですね。で、正直言いまして、大学行ったら遊ぼう思ってましたから。
山本:で、遊びまくったろと思ったわけですね。
尾井:うん、だからすごく制約されてましたから。中学校、高校と。いわゆる部活に制約され……。ですから、そういう意味では制約されない生活を送りたかったんです。そうするとね、実はね、さみしいんですよ。逆に制約されへんと。
山本:なんでなんですか。
尾井:要するに、自由な時間に起きて、1講目も休もうとかね。
山本:最高じゃないですか。
尾井:最初はいいんですよ。でも3カ月もたないですよ。今、私がニッセンを辞めて、実はこの会社を興して、セミリタイアみたいなもんですよね、フルにやってるわけじゃないんで。これもどっちかというと制約されてる時間が少ないもんですから。例えば、私ゴルフが趣味なんで、ゴルフ仲間の人で同い年の人とよく一緒に行くんですけど。会社辞めたらゴルフやりまくろうと。
山本:アハハ。同じこと言ってる。さっきと同じことですよね。
尾井:はい。土日しかできないですから。土日って高いじゃないですか。だから平日の、もう週の3日も4日も行こうと。それできたの3カ月ですね。飽きてくる。
山本:へー。じゃあやっぱ仕事に。
尾井:そうです。で、もう1回仕事に戻るっていう人が結構いるんで。やっぱある程度人間って制約されてる中で、余暇を持つっていう方が充実感あるんですよ。もう余暇ばっかりなんか、全然充実感ないですよ。
山本:アハハ。今日も休みの日に来ていただいてありがとうございます。
尾井:いえいえ。
山本:でも遊ぶのは遊んだん、サークルですか。
尾井:大学ですか。
山本:はい。
尾井:いやいや、全く。フリーです。ほとんど学校も行かずにアルバイトしたり。当時、インベーダーゲームっていうのが1番はやってた時期でしてね。
山本:懐かしい。
尾井:で、あれすごかったんですよ。1回1万円ぐらい使うんですよ。ほんとに1万円ぐらい使うんですよ。
山本:1日で?
尾井:1日で。
山本:1日で?
尾井:はい。いや、僕じゃないですよ。
山本:みんな?
尾井:一般的によく、それにはまってる人が。
山本:1万円?
尾井:1万円。1回100円で100回ですよ。
山本:すごい。そんなやったんですか。
尾井:はい。あれが昭和53、4年。
山本:1万円やって。
尾井:今じゃ考えられないですけど、あの当時1回100円のゲーム、ものすごい高いじゃないですか。
山本:高い高い高い。
尾井:それを1万円ぐらい使う人がいて。結構借金してる人もいたんですよ。
山本:インベーダーゲームで?
尾井:インベーダーゲームで。その時に考えたのがタイトーのアルバイトしようと。
山本:ああ、インベーダーゲームがすごい儲かってるから。
尾井:すごい募集してるんですよ。ものすごく店舗も増えてきてるから。それで時給もいいから。京都の伏見で、インベーダーゲームの鍵を持ってね、故障したら直すっていうバイトをして。そして終わったらやらしてくれるんですよね。一石二鳥やと。
山本:大学生っぽいですね。
尾井:やってましたね。
山本:へー、それがバイトってことですよね。ふーん。
尾井:あとは、車が結構好きだったので、ディーラーで最終的には整備まで教えてもらったアルバイトもしましたけどね。
山本:ふーん。でもなんか、お金だけで仕事を決めないのがいいですね。
尾井:うん。結局ね、趣味と実益を兼ねて。だって、当時アルバイトっていうのは自由に選べるじゃないですか。で、短期間で変えられるし。自分が経験したいこととか、やりたいこととかって自分で自由に選べるじゃないですか。正社員で就職するわけじゃないですから。気に入らんかったら辞めるということもできるし。だからこの期間は、例えば海外に世界旅行するとかいう人とかも結構いましたけど。僕はこの期間に自分がやりたいと思う、くだらんことでもやりたいなと。
山本:やり尽くそうと。
山本:結構、若い、21歳とか22歳とかですよね。21なのに、こうなんか、方向性バシッとしてますね。
尾井:それ方向性ですかね。やりたいことは、やりたいです。親のすねをかじるわけにはいかないですから。親からお金をもらってね、ゲームに夢中になってるわけにはいかないですから。
山本:ああ、耳痛いですね。僕、結構遊んだんで耳が痛いです(笑)。なるほど。じゃあその大学行ってて、後半になったら就職意識するでしょ。しないですか。
尾井:就職意識したのが、正直4年生の春ですよ、はい。
山本:直前? アハハ。なんか行きたいとこあったんですか。
尾井:実はそのディーラーがね、「来い」と言ってたんですよ。学校卒業したら。
山本:だって、もうできますもんね。
尾井:うん。そんな整備士のレベルじゃない、お手伝いのレベルですよ。で、まあ車が好きだったもんで、「来い」って言ってたんで、まあ自分なりにはちょっとね、そういう押さえがあるから。
尾井:ちょっと自分のやりたいことは、入社が難しくても1回チャレンジして、あかんかったらここ行ったらええわみたいな気持ちありましたよ、正直。
山本:アハハ。でも保険があるのはええことですよね。
尾井:そうですね。
山本:まあ、それでも押さえがあるのは、全然違いますね。
尾井:ですから、それなりに自分でやりたいこといろいろ考えた時に、ここに書いてる「M社」っていう、服飾雑貨の会社なんですよ。
山本:ふーん。M社さんってまだありますよね。
尾井:あります。ランセルってブランド。
山本:ランセル。懐かしい。
尾井:あの当時、ナショナルブランドが大流行りしてましたから。グッチとかセリーヌとか。そのバッグを取り扱う会社で、そこの営業をやってたんですけど。
山本:じゃあ、あとライセンス。
尾井:そうですね。
山本:ああ、なるほどね。当時良かったですね。
尾井:ええ、良かったです。で、まあ、ブランド物に、ちょっと憧れたとこがあったんで。
山本:当時、僕もよく買いました。
尾井:ブランド物の会社に入ってると、女の子にもてるやろと、単純な。
山本:アハハ。実際そうだったでしょ。実際そういうところはあったでしょ。
尾井:いやー、あんまり、もうね、記憶にはないんですけど。同級生から「安く買ってくれる?」とか言われたことはありましたけど、社員割引で。
山本:なるほどね、へー。M社さんってまだありますよね。
尾井:ありますあります。
山本:ありますよね。さすが。じゃあ、そうか古い会社やな。なんで、ディーラーじゃなくてそっち行こうと思ったんですか。ああ、もてるから。アハハ。
尾井:まあ、ファッション雑貨とか、アパレルも興味あったんですけど、まあ、結果的には、そのランセルってブランドが触りたくて行ったんですけど。まあ、そこを3年。もう石の上にも3年で、おやじから「3年は絶対勤めろ」と言われたんで。で、実はその、ニッセンに入社する間に1社勤めてるんですよ、もう1社。
山本:へー、なんでこのM社さんは辞めたんですか。
尾井:えっとね、ここでこのままやってても、自分の今の欲求は満たされるかもしれないけど、自分の将来を考えたときに、この仕事をほんとに今こう、思いつきのようにやってることがいいんだろうかと思った時に……。
山本:25歳ぐらいでそんなん考えるんですか。すげーな。
尾井:ちょうどそんなん考えた時に、引き抜きがあったんですよ。その当時はまだ結婚してないですけど、今の家内の勤めてる会社の上司から来ないかと。
山本:なんかいいっすね。
尾井:一緒に飯食いに行ったりしたことあったんで。
山本:尾井くんは好青年だ、みたいな。
尾井:そやね。不動産会社だったんです。で、もうバブルの前で、すごくいい時だったんで。で、実はM社の系統だったんですよね。で、M社ってあるでしょ。あれの走りの時ですけど。それに1年間行った時に、すごいボーナスが良かったんですよ。
山本:不動産会社の? いくらぐらいやったんですか。
尾井:どれぐらいかな。3月に入社して、夏のボーナスが80万ぐらいやったんですよ。
山本:めちゃめちゃすごいやないですか。
尾井:あの、理由があるんですけど。マンション1軒売ったら10万っていうコミッションがついて、それ8軒売ったんですよ。
山本:むっさすごいじゃないですか。
尾井:うん。で、80万で。冬のボーナスの時は20万しかなかったんですよ。売れなかったんですよ。まあ、ビギナーズラックみたいなもんですよ。取りあえず走り回れみたいな感じでやりましたから。その時にちょうど結婚したんで、26ですので。子どもが生まれて、その時ね。土日もないですし、朝から、夜討ち朝駆けで、帰ってくるのは11時回ってますし。ご主人帰ってこられるの夜でしょ、お客さん。だから、それから商談ですから。
山本:ああ、平日帰ってきたご主人に対して、商談しかけるんですか。
尾井:はい。土日とね。
山本:ああ、それは。今でもそんなノリなんですか、不動産って。
尾井:実は私の娘婿がM社にいてるんですよ。でも全然変わってますけどね。
山本:そうですよね。ふーん。昔はそういう感じやったってことですね。
尾井:だから、これは要するに、その時に考えたのは、長く勤められないなと。で、結構、お客さんの取り合いとかあって。先輩から出し抜きされたり、自分の持ってるお客さん持っていかれたりして、こういう業界にいると、人間性まで悪くなるなと。
山本:うん、まあ一つ決めたら10万もらえますもんね。
尾井:ほんまにそういう、千三つ屋って言ってたんですけどね、当時。
山本:千……?
尾井:千三つ屋。千もの言うたら、三つのことしかほんとのこと言わんという。997うそやという。不動産っていうのは、そういう言い方してたんですよ。で、1年経ちかけた時にそのM社の先輩が、上長やったんですけど、ニッセンに転職されてたんですよ。で、「ニッセンにこーへんか」とお誘いを受けて。で、ニッセンに入ったという。

バックナンバー

北田 正喜氏対談 第一回対談
松見 充康氏対談 第二回対談
尾井 善雄氏対談 第三回対談
星 正壽氏との対談 第四回星正壽氏との対談